よし、復職しよう!!

体験記、回想録、その他@復職活動

復職を目指す鬱男の回想録 第2回「想像左遷」

P県への転勤。1人暮らしの始まり。
単身赴任そのものは初めてではない。
心の底から嫌だと思う単身赴任が初めてだ。
なぜ心の底から嫌かと言うと、上司Aに厄介払いされたと思い込んでいるからだ。
(この点については、回想録の第1回で触れています。)

fukushoku.hateblo.jp

 

もちろん上司Aはそんなことは言ってないし、厄介払いを示す証拠もない。
単なる思い過ごしかもしれない「左遷」に悶々としながら、P県での生活を開始した。
しかし、置かれた状況を前向きにも捉えた。
それまで経験したことのない自動車開発に携われるのだ。
地元のD県では得られない技術を習得できるはずだ。

 

引っ越し先は築20年、3階建て各階4部屋のアパート。1K。南向き。
陽当たりは良好だが、入居したのは1月。
引っ越し荷物が届く前の板張りの部屋には、手荷物のみ。
殺風景な空間が寒さを際立たせる。
たまらずエアコンをつけた。
案の定、かび臭い。
胞子が部屋の隅々まで飛び散っていく。
外観と同様、中も汚れきっているのだろう。
のどが痛み出したので、電源を切った。
わざわざ掃除するのも面倒だ。
コンセントを抜き、エアコン前面をラップで覆い尽くして、その内部と部屋とを完全に遮断した。
さて、暖房器具を買うか?
しかし、次の引っ越しの荷物が増えてしまうし、処分するにも費用が掛かる。
その冬は暖房なしで過ごすと決めた。
ちょっとした試練だ。

 

部屋には木製のラックが置いてある。
実に安っぽい3段式のものだ。
その棚に平べったい機器が載せられている。
アパートの管理会社に尋ねると、有線放送のチューナーとのこと。
そうか、有線が聞けるのか。
早速コンセントを差し込み、電源を入れ、ボリュームのつまみを回した。
しかし、うんともすんとも言わない。
スピーカーは天井埋め込み式のものがあるのだが……。
チューナー背面のコードが壁をつたってベランダ側に通じている。
窓を開けて給湯器の上を見るとコードは同心円状に束ねられ、その先端には丁寧にビニールテープが巻かれていた。
これ聞けるようにしてくれませんか?と言おうかと一瞬思ったが、思いとどまった。
他人が部屋に入ってくるのが嫌いだからだ。
もともと有るとは知らなかった有線。
聞けなくてもどうってことはない。

 

ガス会社が給湯器の元栓を開けにくるまでには時間があったので、トイレットペーパーと雑巾を買いに出かけた。
どの方向に何の店があるのか分からぬまま県道沿いに歩いていると、30分程してこぢんまりしたホームセンターが見つかった。
買い物を済ませて昼食のうどんを食べてから帰宅し2時間が経過したころ、ガス会社の人が訪ねてきた。
彼は玄関で靴を脱ぎ、給湯器の元栓を開け、お湯が出ることを確認してから玄関に戻り、帰っていった。
一部始終を監視されているとも知らずに。
足跡。
こげ茶色の床に汗で湿った靴下の白い輪郭線が、追跡してくれと言わんばかりに描かれていく。
そして、開栓作業中の両足は雨ざらしのベランダを踏みしめ、床に新たな足跡を残していった。
でも、これは想定内。
部屋に他人を入れるからには、覚悟しておくべきこと。
部屋を最も汚すのは、もちろん、その部屋の住人だが、例え微量であっても得体の知れないゴミや汚れが侵入するのは恐怖だ。
(ガス会社の人は自分の役目を果たしただけであり、彼を責める意図はまったくない。)
だからこそ、掃除には手を付けていなかった。
すぐさま部屋全体の掃除に取り掛かる。
さすがに入居当日の部屋だけあって、収納スペース、流し台、浴室、トイレ、洗濯機のパンどこをとっても、ゴミやホコリが一切ない。
それでも、床は特に念入りに吹き上げた。
これで荷物の受け入れ準備は万端だ。

 

20時、暗くなってから引っ越し業者が到着した。
2人組の作業員が絶え間なく段ボール箱を部屋に運びこんでいく。
ちゃぶ台とハンガーラックと20個ほどの箱が部屋に並び、搬入作業は終了。
荷ほどきを始めたいところだが、気になることが……。
2人分の足跡だ。
でも、汗の描いた足跡なんてすぐに消えてしまうもの。
見えないし、面倒くさいし、もういいや……、という気持ちを抑えて再び雑巾を絞った。
玄関から部屋の入口周辺までを拭いて、やっと荷ほどきに取り掛かれる。
まもなく21時。
折り畳んだ段ボールをビニール紐で縛ったときには部屋はもう狭くなっており、布団の敷き方を考えながら、ちゃぶ台の位置を微調整。
やっと一段落。

 

熱いシャワーの甲斐なく、
「あ~、さぶい~」
と独り言を言いながら、冷たい布団の中に。
正月休みでまだ帰省中だからだろうか、両隣には誰もいないようだ。
近くには大きな道路が無く、たまにアパートの前を通るバイクの音を除けば聞こえてくるものはない。

 

……
……
自分は何故、ここにいるのだろう?
やはり、嫌われたからか?
もっとうまく仕事ができていれば、地元を離れずに済んだのだろうか?
どうすれば戻れる?

 

明日は生活必需品の買い出しだ。

 

…続く